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イラストレーターYukiの雑記

スルースキルを持ちましょう

2015年12月16日、日本の最高裁で、夫婦同姓を義務付ける民法の規定に対して合憲判決が下されました。また、各地で公職に就く人物による「同性愛者は異常だ」との発言も、ここ数日、取り沙汰されています。

 

私は、「誰を愛するか」や「結婚後に名乗る姓」についての選択肢を増やそうとする動きに対して、「NO!」と言う人たちがいることが理解できませんでした。一体どうして、これらに対して反対する人がいるのか?考えた結果私が思ったことは、「日本の大人たちにスルースキルがないからかも」ということでした。

 

 

そもそもロジックがおかしい

本題に入る前にどうしても言いたいのが、選択的夫婦別姓への反対理由として「夫婦が同姓を名乗ることは日本の慣習、伝統である」ということを挙げるのは、どう考えてもおかしいということです。今回の最高裁の判決でも、下記のようなことが述べられています。

 

「夫婦同姓は社会に定着していて、家族の呼称を一つに定めることには合理性が認められる。家族の一員だと対外的に示し識別する機能もある」

 

しかし、多くの人が言っていることですが、選択的夫婦別姓とは「夫婦別姓も選択可能にしよう」ということであり、夫婦同姓を選択不可にしようとするものではないのです。

 

もし「夫婦同姓反対!」という動きに対する反論としてであれば、上記のような、「夫婦同姓の利点や合理性、日本社会での定着度合い」を挙げ、「だから夫婦同姓をやめるわけにはいきません」と言うのは、納得できます。でも、「夫婦別姓も可能な選択肢に加えてください」という要望に対して上記のような「夫婦同姓のいいところはだな…」という話をし出すのは、ロジックとしておかしいのです。返答になっていません。

 

もし、「夫婦同姓のメリット」を武器に選択的夫婦別姓制度に反対したいのであれば、

 

「現在定着している夫婦同姓にはこういう利点があり、夫婦別姓を認めた場合、これこれこういう理由でその利点が脅かされ、誰々にとってこういう不利益が生じる。だから選択的夫婦別姓制度は導入すべきでないのである」

 

のように言わなければなりません(せめて)。

 

 

理解できない人たちを、放っておけない人たち

ニュース動画の街頭インタビューで、30代の男性が、「やっぱり夫婦は一つの姓であるべきだと思う」と言っていました。私は、30代ぐらいまでの世代では選択的夫婦別姓の導入に賛成の人が多いだろうと思っていたので、少し意外でした。

 

でも、この男性がそういう考えを持っていること自体は、全然問題ないのです。私は選択的夫婦別姓制度に賛成ですが、「こういう考えの若い人もいるんだな」と思って、終わりです。しかし、選択的夫婦別姓の導入を阻止しようとする人たちは、違います。彼らは、自分と違う意見を持つ人たち、自分の理解できない選択をしようとする人たちを、「ほっとけない」のです。

 

同性愛者の方々は、「人は皆、同性を愛するべきだ!みんなも同性愛者になろうよ!」などと言っているわけではないし、選択的夫婦別姓制度を求める人たちは、「夫婦別姓を広めて、多数派に!」と望んでいるわけではありません。

 

彼らは「社会を変えようとしている」とかではなく、ただ「制限されている自分の選択肢を取り戻そうとしている」ように見えます。他人に何かを強いるためではなく、自分の自由を勝ち取るための戦いなのです。

 

同性を愛する人や個別の姓を名乗る夫婦に対して、その気持ちが理解できなくても、「そういうふうにしたい人もいるんだなあ」と思って、眺めておけばいい。共感できなくていいし、同化できなくていいのです。彼らはそれを望んでいません。

 

なのに、選択的夫婦別姓の導入を阻止しようとする人たちは、「理解できない人々」を放っておくことができず、彼らの選択肢を奪い、無理やり自分たちに同化させています。今風に言うと、スルースキルがないのです。

 

 

なぜスルーできないの?

 彼らはどうして、わかりあえない人たちを放っておけないのか?それには、日本では「仲良くすること」がとても大事にされているということが関係しているのでしょう。

下記は数か月前の、著名ブロガーのちきりんさんのツイートと、それに対する私のツイートです。

 

 

開設して間もない無名のアカウントだったのにも関わらず200回近くリツイートされて、驚きました。同時に、やっぱりみんなそう思うのかな、と思いました。

 

日本では、子どもたちは小さい頃から誰とでも仲良くするようにと教えられます。そして教える側の大人たちには、まるで、人との関係には「仲が良いか、悪いか」のどちらかしかないという意識があるかのようです。でも実際には、「好きでも嫌いでもないけど、積極的に一緒にいたいとも思わない」という関係もあるはずです。日本社会では、そういう人との距離の取り方を認める人が少ないように感じます。

 

だけど、自分と考えの合わない人とは、一緒に生きなくていいのです。意地悪する必要も、悪口を言う必要も、同化を強いる必要もない。ただ、健全な無関心を貫いて、放っておけばいいと思います。この姿勢を持てない人がいることが、日本で様々な新しい動きがなかなか進まない理由の一つなのかなと思っています。

 

 

Yuki