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イラストレーターYukiの雑記

「お疲れ様です」という不思議な言葉―残業する人に「頑張ってるね」と言ってはいけない

最近読んだ『「情」と「理」 話し方の法則』という本に書かれていたことが、興味深くて目に留まりました。

 

著者の岩田松雄さんが関わるある会社では、「お疲れ様です」という言葉の替わりに「お元氣様です」と言うのだそうです。(「元気」ではなく「元氣」という表記になっていました。この書き方にどういう意図があるのかはよくわかりません)

 

 

挨拶やメールの冒頭でよく使うフレーズで、疲れをねぎらうのではなく、元気なことを称える。この会社の人々は本当にハツラツとしていて元気があると著者は書いています。

 

 

「お疲れ様です」という日本語

そういえば、と思い出したのが、何年か前に流れていた栄養ドリンクのCM。情緒的な音楽を背景に、赤ちゃんを背負ったお母さん、遅くまで一人会社で残業をするサラリーマンなどの映像が流れ、穏やかな女性の声が語りかけます。

 

『その人の疲れに「お」をつけて、「様」までつけて、人を労わる日本語、「お疲れ様」。』

 

CMを見た当時は、なるほど日本語って面白いなあ、くらいにしか思わなかったのですが、今振り返るとなんだか複雑な気持ちになりました。

 

 

意識改革は言葉から

長時間労働の是正が叫ばれる昨今。ある専門家の方は、残業抑制のためには「遅くまで残って残業する社員に『頑張ってるね』と声をかけてはいけない」と言っていました。

 

一生懸命仕事をしている人を「頑張ってるね」とねぎらうのがなぜいけないのか。

 

それは、長時間働く人を褒めることで、周りの人に、また周りに人がいなかったとしても本人に、「長時間働くことが評価される」という意識を与えてしまうからだと思います。

 

「お疲れ様」も同様の問題をはらんでいるかもしれないと思うのは考え過ぎでしょうか。

 

「疲れ」に「様」をつけて、疲労した人をねぎらう…。一見優しい、そして発信者もおそらくは純粋な労わりの気持ちから発しているこの言葉ですが、「疲れるまで働くこと」を「尊いこと」「偉いこと」とする考えがあるからこそ成り立つ言葉にも思えます。特に人を評価する立場にある人は、使う場面や相手に注意したい言葉です。

 

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遅くまで残業したり、疲労しながらも一生懸命頑張っている人を見ると、つい「頑張ってるね」「お疲れ様」と声をかけたくなります。「疲労」を「頑張り」に結び付けてねぎらったり褒めたりするのは一見温かな光景です。

 

でもそれを続け、「頑張りとは疲労すること、長時間働くことである」かのような雰囲気にまでなってしまっているのが今の日本です。つい「頑張ってるね」「お疲れ様」と声をかけたくなるけれど、この国の未来のためには「長時間労働は悪」「頑張ることは疲れることではない」という意識を強く持っていかなければならないと思います。

 

 

それでもやはり、額に汗して働く人に「お疲れ様です」と声をかけ合う日本の古き良き情景が好きだ。そういう人の気持ちも、わかります。

 

でもどうか考えてみてください。私たちの子どもや孫が働く、労働人口が減り、一人の仕事量が現在の数人分になってしまうかもしれない未来で、「疲れること」が評価される社会と「元気なこと」が評価される社会のどちらがいいか。自分たちの子どもたちに、疲れをおして働かせ、「頑張ってるね」と言いたいか。

 

 

「お元気様」は、いいですね。政府は「お疲れ様」に替わる、「ライフの充実につながる、疲弊しない働きぶり」を褒める言葉を募集したらいいと思う!
 

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