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お絵描き中!

イラストレーターYukiの雑記

日本を嫌いになりかけていた私が、日本人としてちゃんと生きようと思うようになった話

考えたこと 日本と世界

最近、自分の母国である日本という国に対する気持ちが、変化してきていることに気がつきました。きっかけは、ある休日に彼氏と出かけたときのことでした。

 

 

自分のルーツをまとうということ

ある日曜日、彼氏が私たち二人の母校である大学に行こうと言いました。目的は彼の趣味である三線(さんしん)を弾くため。沖縄出身の彼は沖縄の伝統的な楽器である三線を弾くことができ、母校のキャンパスに行って久しぶりに演奏の練習をしたいとのことでした。

 

二人でキャンパスへ行くと、日曜日なので人はまばらでした。豊かな緑に囲まれ、気持ちのいい風が吹く中、彼は三線を弾き始め、その隣で私は読書を始めました。

 

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ちなみに読んでいた本は近藤雄生さん著『旅に出ようー世界にはいろんな生き方があふれてる』。とてもいい本だったので後日レビューを書きたいと思います。

旅に出よう?世界にはいろんな生き方があふれてる (岩波ジュニア新書)

旅に出よう?世界にはいろんな生き方があふれてる (岩波ジュニア新書)

 

 

しばらく彼が演奏していると、40代くらいの男性が歩み寄ってきて、彼に「三線ですか?沖縄の方ですか?」と話しかけました。彼が「はい」と答えると、男性は、自分は現在沖縄に住んでいて、今日たまたま用事でここに来ているということを話しました。少し会話した後に「では練習頑張ってください」とほほ笑んで、男性は去っていきました。

 

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このやり取りを見ていて私は、「私も自分のルーツを示すような趣味や特技を持ってみたいなあ」と思いました。それまでは、やってみたい楽器は何かと聞かれたら「バイオリン」でした。中学生の頃にケルト音楽にはまったのをきっかけに、バイオリンの音が好きになり、いつか習って弾けるようになることが人生の密かな目標の一つだったのです。

 

 でも、バイオリンもいいけれど、日本的な何かを始めてみたい…そう思っている自分に気づきました。彼が三線の演奏を通して見ず知らずの人と交流し、初対面の人とスムーズに会話することができた様子を見ていて、三線を弾くことは彼にとって一種の自己紹介の役割を果たしたのだと思いました。彼が沖縄という自分のルーツをアイデンティティーの一部として受け入れ、取り入れ、楽しんでいる姿はとても自然で素敵でした。そして私も、日本人であるという自分のアイデンティティーを示せるものとして、和楽器なり茶道なり書道なり、日本的な何かを始めてみたいなと思ったのです。

 

 

「ここじゃないどこか」に憧れていた

こんな気持ちを持ったことに、自分自身でびっくりしました。ここ数年の私は、自分の祖国・日本に対して、むしろ否定的な感情がどんどんと増していくのを感じていたからです。社会人になり、日本の会社で働く中でたくさんの疑問や違和感を持って、日本で働くということの大変さにちょっと疲れ気味でした。

 

(↓大変さの一例)

yuki222.hatenablog.com

 

日本的な働き方への問題意識や苦手意識は日本という国や日本人そのものに対する否定的な感情へと成長し、「日本はなんておかしいんだろう」「海外はもっと良いはずだ」「日本以外ならきっとこんなことはない」と思うようになっていました。

 

 

私は日本人

でも、日本を出て海外へと渡った人々の本を読んだり話を聞いたりするうちに、彼らからあることを教えられました。それは、日本人として外国へ行ったり、日本国内でも外国人と接したりするときには、私たちはどうしたって「日本代表」として振る舞うことになるということです。

 

 日本に嫌気がさしてきていた私は、自分が嫌う「日本人」以外の何かになりたかったのだと思います。でも、私は間違いなく日本人で、日本らしい面を持っているし、どう抵抗したってこの先も一生日本人なのです。それはこれから先、どこへ行こうとも変わりません。むしろ、日本を離れるほど自分の中の日本人性に気付かされるのかもしれません。そして世界の人と日本人として接するとき、「私は日本が嫌いなので…」と距離を置くことはできないのです。

 

 

気持ちの変化

 改めて自分の気持ちの変化を客観的に俯瞰してみると、次のように考え方が変わってきていました。

 

①日本つらい!日本嫌い!

②外の世界はきっと

日本より優れている。

日本の外へ行きたい!

③外国も色々問題があるようだ。

そして日本には

世界一と言えるくらい

素晴らしい面もある。

④日本が特別悪いのではないし良いのでもない。

どの国もみんなそうで、

それぞれ変で個性的で、世界一な面も世界最低な面もある。

 

振り返ってみると、②から③へと考え方を変えることができたのには、二つの理由があったと思います。一つは「多様な情報に触れたこと」、もう一つは「過去の自分を否定できたこと」です。

 

人は信じたい情報を信じてしまうものだと言われます。かつての私にとって信じたい情報とは、「日本は生きにくい社会で、自分は外国へ行きさえすればもっと幸せになれる」というものでした。しかし私にとって幸運だったのは、自分の信じたいものとは異なる情報にも興味を持てたことでした。どんな内容であっても、それなりに信頼できそうな人物が書いた「外から見た日本」や他国に関する情報なら目を通してみて、自分の考えの妥当性を問い直し、修正したり補強したりしていくことができたと思います。

 

また、以前から「考えは変わるもの。変わっていい」と思っていたことも、頑な過ぎる態度を持たずに済んだ理由だと思います。昨日の自分と今日の自分に一貫性を持たせることにこだわらず、たとえ過去の自分自身であろうと、正しくないと思ったら否定する。そういう姿勢を良しとしてきたから、ためらいなく考えを変えて来れたのだと思います。

 

まだまだこの先新たに気付けること、獲得できる視点があるかもしれません。自分の国に対する自分の気持ちがこの先どう変化していくのか。予測はできませんが、今後は自分のアイデンティティー・自らの一部としての日本を素直に直視していられそうで、それはきっと大きな進歩なのだと思います。