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イラストレーターYukiの雑記

留学も読書も、アウトプットにつなげなければ意味がない

最近、アウトプットの重要性を強く感じます。

 

どんなに素晴らしいインプットもそれだけでは十分ではない

先日ご縁があって、10年以上前に北欧に留学したことがあるという40代の女性と知り合いました。

 

それまで私は、日本では海外経験のある人材はとても貴重なのだから、一度でも留学(それも欧米、英語圏)ということを成し遂げれば、その後の日本での人生はいわゆる勝ち組的な感じになるのではないかと思っていました。

 

でもその方は、帰国後、留学経験を活かすことを十分しなかったせいで、次第に語学力も衰えてしまって、今では外国語とも海外とも関係ない仕事をしていると話していました。

 

考えてみると私は、留学さえすれば、海外経験さえあれば、途端にもっと人生が充実し出すのではないかと思っていたような気がします。けれど、学生時代の友人にも、海外に行ったものの語学力やその他のスキルを思ったほど向上させられず、もったいない過ごし方をしたと後悔している人がいました。また、遠く離れた国に留学したとしても、ITが発達した現代では、部屋にこもって日本の友達とだけやり取りしながら過ごすことだってできてしまいます。そうしたら、せっかく海外に行ったとしても、刺激的なインプットを得ることもできません。

 

 

「持っているだけ」では価値がない

ブロガーのちきりんさんが、高城剛さんの著書『私の名前は、高城剛。住所不定、職業不明』から「情報とお金はとても似た側面を持ちます。(中略) お金と同じように、情報があると安心する人が多く、しかし事実は、情報に縛られて考えると、動けなくなるのです。」という言葉を引用し、

 

 

情報であれお金であれ、「持っていること」に価値があるストックの時代は終わった。

 

 

と述べていました。

 

d.hatena.ne.jp

 

 

また、研究者向けに論文の書き方を指南したこちらのスライド「優れた研究論文の書き方―7つの提案」に、「優れたアイデアを自身にとどめておくことは(まさしく)無価値である」という言葉があります。

 

 

これらの指摘はまさしく真理だと思います。

 

私は、ともすればインプット過多になりがちなタイプだということを自覚しています。本をたくさん読みたいし、海外にも行ってみたいし、面白い人に出会って話を聞きたいし、色んなものを見たい、知りたい…という欲求がとても強いです。

 

この性質自体は確実に長所だと自負しているのですが、次から次へと新しい興味の対象が出てくるばかりに、せっかくのインプットが何にもつながらずに流れていってしまっていることも多いかもしれないと思いました。読書したり、人と話したり、ネットで調べたりして良質なインプットを得たのなら、その発見や気づき、思うところを、何らかの形に残していくことを絶対にしていくべきなのではと。自分なりに文章にまとめておくのでも良いし、ブログ記事としてアップするのも良いと思います。

 

「考える」ということは素晴らしいことだけれど、それだけにしていては価値がないし、もったいないのです。何より、自分の中で考えていただけのことって、時間とともに意外なほど消えていって、そのうち自分でも思い出せなくなってしまいます。また、思いついたときは素晴らしく思えた自分のアイデアも、時間が経つと何だかつまらないもののように感じられることもあり、アイデアには鮮度があるのです。そしてその鮮度はどうも、思いついた本人にとっては急速に落ちる。

 

これって本当にもったいないなと思います。せっかく浮かんだのにアウトプットにつなげられずに消えていってしまった優れたアイデアの損失額は、世界中で一体どれくらいになるでしょうか?

 

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経験も知識も、すばらしい考えも、持っているだけでは何の価値も生み出さないし、誰の役にも立ちません。でも、自分の経験や得られた気づき、アイデアを価値あるものとしてとらえ、きちんと活かしていけば、世界はもっと良くなっていくのだと思います。もっともっと、アウトプットをしていく生活をしたいと思いました。