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お絵描き中!

イラストレーターYukiの雑記

幼児に学ぶ、今日を生きる姿勢

考えたこと

私には子どもはいないのですが、以前仕事で幼稚園に行ったことがありました。

 

その日、園児たちはミニトマトの苗を植えていました。小さな体で自分の植木鉢を持って列に並んで、一人ひとり先生に土と苗を入れてもらい、一生懸命土をならしたり苗をじっと見つめたりしている姿はとても可愛らしいものでした。

 

でも終わり際に、ちょっとした悲劇が起こりました。先生一人では手が足りず、時間内に全員の苗を植えることができなかったのです。先生はまだ苗を植えていない子どもたちに謝って、「今日できなかったお友達は、明日やるからね!」と言いました。

 

すると、列の後ろの方でずっと待っていた男の子が、途端に泣きだしてしまいました。何としても今日、やりたかったんですね…。

 

 

子どもには明日も明後日もない

 小さな子どもって、明日ね、って言われるとこの世の終わりみたいに泣きます。

 

一生させないと言っているわけではないし、実際に大人は明日になったらちゃんとさせてくれるのに(たまに嘘ついてるときもありますが…)。

 

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Photo credit: Lance Shields via Visualhunt / CC BY

 

まだ生まれて3年や4年の子どもたち。意識というものができ、考えることや話すことができるようになってからはわずか1~2年なのですから、「今日の次には明日がちゃんとやってくる」ということをまだ知らなくて当然です。

 

彼らには「今度」も「明日」も「明後日」もないのです。「今日、いま」を逃したら、もう一生ないと思っています。

 

延々と大声で泣き続ける男の子を見て、大人になるということは、「明日がある」ということをわかるようになることなのだなと思いました。

 

 

先延ばしできない子ども、今を大事にできない大人

でも、大人の考え方に慣れ過ぎると、だんだん何でも「今度でいいや、いつかでいいや」となってきます。「明日」は、「明後日」は、「来年」は、当然やってくるものと思うようになります。

 

だけど本当に「明日もある」「来年は必ずやって来る」、のでしょうか?その明日は来ないかもしれません。私は近年、身近な人の死を立て続けに経験してから、そのことを常に意識するようになりました。「いつまでも あると思うな 親と金」なんて言葉がありますが、「いつまでも 来ると思うな その明日」です。

 

誰の人生にも間違いなく、いつの日か必ず、その次の明日がもうない、最後の今日がきます。あなたがその日を迎える確率は、今のところ100%です。だけど今日がその日だとちゃんとわかって死ねる確率は何%くらいなのでしょうか?

 

きっとその日にも、「明日の予定」や「来年の予定」を考えているのではないでしょうか。そしていつものようにこう考えているのでしょう。

「明日でいいや」

 

 

人生の有限感

人気ブロガーのちきりんさんが、どこかで「すごい人は人生の有限感を持っている」と書いていました。私は自分がすごい人かどうかはわかりませんが、人生の有限感は持ちすぎなくらい持っています。だからつまり私は子どもで、明日ね、が我慢できないのです。やりたいことは今日やりたいし、やりたくないことは今すぐやめたくなってしまいます。

 

確かに、目先のことだけではなく、未来のことも考えられるのが大人です。でも、どうなるか全くわからない未来のことばかり考えて、唯一確かに存在する「今」をないがしろにしている人が多いような気がします。

 

将来子どもが生まれたら必要だからと高いお金をかけて運転免許と車を手に入れて、自分のやりたいことは我慢していたら、やってきた「将来」は自動運転技術やカーシェアリングが進んで免許も車もいらない社会だった、というのはリアルに現実になりそうな感じです。

 

これからやって来る未来が私たちの予測を超える度合いはどんどん大きくなっていくのだということを、いい加減わからないといけません。少なくとも一般人が、専門でもない領域について未来を予測しようとすることは、もう無駄だと思うのです。

 

だから子どもになりましょう。

 

一日一日、今のこのときを楽しく過ごすことを大切にしましょう。

 

「毎日楽しそうにしている人」「日々成長している人」を目指したいのなら、師とするべきなのは会社の上司より小さな子どもたちです。

 

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