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イラストレーターYukiの雑記

弱さと向き合うことで出会える強さ―近藤雄生さん著『旅に出よう―世界にはいろんな生き方があふれてる』を読んで

私は読書が好きで、そこそこの数の本を読んできたと思います。そんな私には「一番好きな本」を一冊に絞ることは難しく、どうしても二~三冊の「一番」があるのですが、今年はそんな「一番」たちに、また新たな一冊が加わってしまいました。近藤雄生さん著『旅に出よう 世界にはいろんな生き方があふれてる』です。

 

 

近藤さんは20代後半で大学院を修了後、結婚したばかりの奥さんと二人で海外を旅しながらルポルタージュを書くという生活を開始。本書には近藤さんたち夫婦が様々な人と出会い、様々な経験をしながら、オーストラリア、アジア、ヨーロッパ、アフリカを旅した5年間が綴られています。

 

ライターとしての経験はほとんどない状態で、就職せずに海外に旅に出て、文章を書いて生きていく―。そんな決断をしたと聞くと、さぞかし自分の能力に自信があったのだろうとか、冒険や挑戦が好きなのだろうと思われそうですが、近藤さんの文章からそういった雰囲気は一切感じられません。

 

むしろ読者を強く惹きつけるのは、彼の「誠実な弱さ」とでも言うべき部分だと感じるのです。

 

それが強く感じられるのが、近藤さんが本書の冒頭で、旅をしながら文章を書いて生きていくことに至った経緯について、彼自身を何年もの間苦しめてきた「吃音」との関係に触れて語っている部分です。

 

近藤さんは高校時代から吃音に苦しみ、何とか吃音を隠しながら人と話す術は身につけたものの、電話で自分の名前を言うことができないなど、日常生活には多大な支障があったそうです。

 

 

とくに大学院時代は電話の音が怖くなり、研究室でもいつも、電話が鳴ることを恐れ続けなければならずで、おそらく全エネルギーの半分ぐらいを吃音との葛藤に費やしていたような気がします。

 

そして、そんな日々を送るうちに、思ったのです。これじゃ、会社に入ったとしても、思うように仕事ができるわけがない、と。

 

そのこともまた、組織に属することなく自分自身で自立して仕事をしよう、しなければならない、と思ったきっかけのひとつでした。

 

 

この文章を読んで私は、世界で活躍する二人の日本人のことを思い出していました。一人は、元陸上競技選手の為末大さん、もう一人は、日本人初のプロゲーマーである梅原大吾さんです。

 

 

弱さと向き合う意味

元陸上選手の為末大さんは、かつて100メートル走で頂点を目指していましたが、その後、400メートルハードルというフィールドに移ります。為末さんはその選択を振り返って、著書で次のように書いています。

 

 

人生は可能性を減らしていく過程でもある。

(中略)

可能性がなくなっていくと聞くと抵抗感を示す人もいるけれど、何かに秀でるには能力の絞込みが必須で、どんな可能性もあるという状態は、何にも特化できていない状態でもあるのだ。できないことの数が増えるだけ、できることがより深くなる。

 

 

 

苦手なことや弱みがある人にとって、これほど勇気づけられる言葉はないでしょう。明らかに苦手なことがあるということは、多くの場合、得意なことがはっきりしているということでもあるのだと経験的にも思います。

 

日本人初のプロゲーマーで、アメリカの企業とプロ契約を結び、国内外のゲーム大会で賞金を稼いでいる梅原大吾さんも、弱みと向き合った経験について語っています。

 

梅原さんは、ブロガー・ちきりんさんとの対談で、かつてゲームの世界を離れて介護や飲食の仕事をした経験について、次のように話しています。

 

 

ゲーム以外のことをやってみたら、俺ってホントに普通の人以下なんだってヒシヒシとわかったんですよね。

 

 

 

「他の分野での自分の器ってこんなもんなんだな。(中略)じゃあもう迷わずゲームをやっていこう。その中で努力して、その中で成長を目指そう」って決めることができました。

 

 

 

梅原さんの決意には、近藤さんが吃音に悩んだ末に、「自分は会社で働くことはできないだろうから、組織に属さずに仕事をしていくことを目指そう」と決心したのと、通じるものを感じます。

 

「会社で働くのが嫌だからフリーになりたい」「今の仕事は嫌だから大好きな自分の趣味で生きていきたい」と言う人はたくさんいますが、実現できる人は多くありません。

 

でも近藤さんは実際にルポライターになり、梅原さんはゲームで生計を立てています。二人とも、「吃音」や「ゲーム以外では普通の人以下」という自身の弱さに真正面から向き合い、そんな自分が一体どんなふうになら生きていくことができるのか、必死で考えて可能性を絞り込んだのではないでしょうか。

 

そんな二人の生きようを見ると、私たちを突き動かすのは強さよりも弱さなのかもしれない、と思うのです。

 

 

すべての苦しい人へ

世界中を旅した近藤さん夫婦の貴重な体験が詰まった本書は、まるで「世界の多様な生き方カタログ」のようです。ジンバブエから圧政を逃れてオーストラリアにやって来た移民、オーストラリアで国をつくってしまったおじいさん、中国で格闘家として活躍する日本人の青年、ホスピタリティ溢れるイラン人、スイスに亡命したチベット人たち…。

 

明るく楽しい話ばかりではありませんが、世界中にこんなにも自分と異なる生き方をしている人々がいるということに、不思議と優しく勇気づけられます。

 

様々な苦悩や困難を描いてもいるのに、この本の語り口は批判的でも悲観的でもなくて、どこまでも視野も心も広く、優しいのです。

 

「オーバービュー・エフェクト」と呼ばれる現象があります。宇宙飛行士が宇宙から地球を見る体験によって、「地球のかけがえのなさ」や「自分も地球の一部である」といった気持ちが芽生え、意識改革が起きることです。

 

私は、このオーバービュー・エフェクトと同様のことが、海を渡り、空を飛んで世界を旅し、広い世界を見た人にも起こるのではないかと思っています。そして本書は、読者にもそれを疑似体験させてくれる書物です。

 

世界中に自分と違う様々な人々がいて、私も彼らも、そして私や彼らを支える人たちも、苦しめる人たちも、みんな世界の一部なのだ。そんな壮大な読後感に包まれます。

 

色々なことで悩みを抱えている、すべての苦しい人に、ぜひこの本を読んでほしいと思います。様々な苦しさの救いになるのは、やはりいつだって、「世界は広い」という事実なのだということを、本書は気付かせてくれました。