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イラストレーターYukiの雑記

ダイヤルアップ接続の時代が、少しだけうらやましい。~「技術が進むと原理を理解しにくくなる」ということ

家にいながらにしてネットで買い物ができて、電子書籍を買えば数十秒後には新刊を読み始めることができる。本当にわくわくする時代に生きているなあと思います。

 

ただ、技術のおかげでとても便利で快適な暮らしができている半面、私のような一般人には、「自分の理解を超えているもの」、「わけがわからないまま利用しているもの」が増えてしまって、何となく心地悪さを感じることがあったりもします。

 

 

ダイヤルアップ接続の時代が、少しだけうらやましい

私とパートナーは年が5歳離れていて、ちょっとした世代差があります。5年というと大した違いではないように感じますが、例えば「携帯電話を持ち始めた年齢」など、IT関連のことになると、数年の違いでも色々なギャップがあるのです。

 

あるとき彼が、「昔はインターネットを利用するとき、ダイヤルアップ接続という方式で、”ピー“とか”“ゴー”とか音が鳴って…」という話をしました。

 

私が自宅のパソコンで毎日インターネットを利用するようになったのは中学1年生ぐらいのときで、2002年頃だったと思うのですが、その頃にはすでに「ダイヤルアップ接続」ではなくなっていました。

 

だから私は、パソコンを起動したらすぐにネットにつながる時代しか知りません。便利だよなあと思うのですが、少しだけ、彼の世代がうらやましいとも思うのです。

 

彼は結構IT分野に詳しくて、SE経験のある私よりも彼の方が、インターネットの原理をわかっています。正直私はインターネットの仕組みがよく理解できていなくて、プロトコルだとか暗号化だとか、就職したときに一応勉強してはみたものの、結局よくわからないまま、IT業界を去ってしまいました。

 

何だか言い訳のようになってしまいますが、私がインターネットについてよく理解できないのは、初めて触れたとき、すでにインターネットが十分進歩していたということが関係あるんじゃないかと思うのです。

 

私にとってインターネットは、常時つながっているものだし、つなぐときに音なんてしないし、問題があって接続できないようなときも、異音がしたりするわけでもなく、何が起こっているのか全然わからない。何もかもが見えなくて、何となくつかみどころがないものなのです。

 

でも彼の世代は初期のインターネットを知っていて、ダイヤルアップでインターネットに「つなぐ」ということをしていた世代。ネットの黎明期に、ネットの進化や普及を目の当たりにしながら、それを使ってきた彼らの世代の方が、ネットの原理をわかっているだろうと思います。だから、仕組みを理解できること・想像できることが、ちょっとうらやましく思えるのです。

 

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「科学が発展すればするほど…」

似たようなことを、第一線で研究する科学者が語っていたことを思い出しました。iPS細胞研究でノーベル医学生理学賞を受賞した山中伸弥教授と、ノーベル物理学賞受賞者の益川敏英教授の対談をまとめた『大発見の思考法』の中で、お二人が「現代の複雑な構造のテレビ」について話しているものです。

 

 

山中 「今のテレビは昔とは比較にならないほど複雑ですからね。」

(中略)

益川 「今のテレビは、外側のことは分かるけれど、中にどんな装置が入っていて、どういうしくみで動くのか、ほとんどの人には分からない。ブラックボックス化しているわけです。皮肉なことに、科学が発展すればするほど、科学的な事柄が人々の生活から乖離していく」

 

 

 

私たちの生活の中に、科学や技術の恩恵であるモノやサービスがどんどん増えていく一方で、それら技術の根本的な仕組みに親しむことができない。ちょっと残念だなと思います。

 

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いきなりハイテクなものから使い始めると、仕組みがわからないんじゃないかなあ

 

 

「お金」の未来

先日こんなツイートを目にしました。スウェーデンでは電子決済の比率が98%で、キャッシュレス化が進んでいるというニュースです。

 

 

確かに、重い硬貨やかさばる紙幣を持ち歩く必要も、定期的にATMに現金を引き出しに行く必要もなくなれば、ものすごく便利だと思います。個人的には、こういう動きはどんどん進んでほしいと思うタイプです。

 

ただ少し気になったのが、キャッシュレス社会が実現したとき、「生まれたときから世界はキャッシュレスだった」という子どもたちにとって、「価値の交換手段という役割を持つお金を使って、モノやサービスをやり取りする」という社会の仕組みを理解することが難しくなったりするんだろうか…ということです。

 

「人と人が物質としてのお金とモノを交換する様子」を一切見ることなしに、お金や経済というものを理解できるのか…。いやたぶん、理解はできるだろうけど、その理解は私たちの理解と、どんなふうに違うでしょうか。

 

私にとってのインターネットのように、将来の世代にとってお金が、「目に見えない、つかみどころのないもの」になってしまったりするのでしょうか。

 

同様の例はこれからたくさん表面化してきそうです。例えば途上国では近年、携帯電話やスマートフォンの普及が進んでいて、これらの国では「固定電話の時代」を経験することなく、最初からいきなり携帯電話の時代が到来しているのだそうです。

 

先進国が経た段階を、いわばショートカットしている。彼らの「電話」という概念は、固定電話がベースにある私たちの「電話」とは、もしかしたらちょっと違うかもしれない。

 

う~ん…

 

未来には、驚くような変化がたくさん待っていそうです。